雨の日を晴れの日のように快適に暮らせないかと考えて試行錯誤してきましたが、未だ結論は出ていません。
結局楽しみすぎなのかな?
楽しいことは持続させたいと脳が勝手に判断しそうですもんね?
そんな雨の日の話をつらつらさせていただきます。
なんだか精神論にもなっていますが、そこまで重いものでもありません。w
「始まりはいつも雨」ってものすごく真理ついてます。
この
ブログ
の
過去
を
さかのぼる
と
雨
が
テーマ
に
なっているもの
が
非常
に
多いです!
雨
が
テーマ
に
なっているもの
が
非常
に
多い
の
は
Uber Eats配達員をやっているせいだと思う思います。
基本、外にずっといる仕事なので、当然天候に左右されます。
雨、風、暑さ、寒さ、非常に肌で身に染みる思いです。
この3年間で随分顔の肌が荒れたと思います。
ですがそんな悪天候に近い状態の時ほど仕事は忙しくなるものです。
その悪天候の代表格である雨を制することによってその他の日が楽に感じたりもします。
今は夏なので急に雨に降られたことで寒さに見舞われる事は無いわけです。なので、まだ楽な方だと思います。やはり冬の雨に勝るしんどさはなかなかないと思います(ここでは冬の雨の話は割愛します)。
そもそも
僕
は
雨の日
が
好き
でした。
雨ともなれば、傘をさしてカフェに行きコーヒーを楽しむそんな生活がとても好きでした。
外に出かけなくても家でコーヒーを入れ窓際で本を読みながら(今は老眼がひどくて読めません。w)コーヒーを楽しむ、たまに外に目をやって雨の音を楽しんだりすることもとても好きな日常でした。
いつの頃からか
僕
に
とって
の
雨の日
の
立ち位置
は
変わり
ました。
昨晩なんかはウーバーイーツ配達中に急な雨に降られずぶ濡れになりました。
深夜1時ごろだったのでそのまま続行不可能になり帰宅しました。
たまたま雨具も何一つ持っていなかったので、そんなことになったのですが、久しぶりに雨具もなくダイレクトに雨を全身で受けました。
ですがそれも結構気持ち良いもので、大人になるとなかなか雨にずぶ濡れることもないので、なんだかノスタルジックな気持ちにもなり童心を思い出させます。
ただ買ったばかりのスニーカーがびしょびしょになったのはなかなかどうしてへこみます。
ずぶ濡れになった僕とずぶ濡れになったスニーカー、そしてずぶ濡れになった自転車をこぎ家にたどり着き、自転車についた泥などを水で流し、部屋に戻りそしてスニーカーもろともシャワーを浴び不快感をふき飛ばしました。
結局のところ人は水で救われるのです。
大自然
に
感謝
です!
日本は水が豊かな国です。
昔を振り返れば、そもそもミネラルウォーターなんて売ってませんでした。
いつの間にかミネラルウォーターを飲む文化が日本にもできました。
僕は天然水といろはすが好きです。
なんだかんだミネラルウォーターも日本のものが好きです。
僕はミネラルウォーターを嗜好品だと思っています。
水道水
とは
違うん
です。
結構水道水でいいじゃんとか言う人いますけど、そこはちょっと違うんですよ。
味の違いも楽しめるんですよちゃんと。
感覚で言うと服なんてユニクロで充分なんですけど、なんか好きなブランドあるじゃないですか?
そんな感じです。
さて
話変わって
近況
を
報告
いたします!
脱小麦宣言ですが、未だ脱小麦が続いており、現時点ではもうすぐ2週間といったところです。
脱小麦のおかげでなにか変わったのかどうかは分かりませんか?
朝
起きたとき
の
しんどさ
が
軽減されたような
気
が
します。
もちろん
気のせいかもしれませんがね?
いつも寝起きは頭の中に大きな雨雲があって、起きてからその雨雲が晴れるまでけっこうな時間が必要だったのです。
ですが、昨日今日あたりはそこまでモヤがかかったような印象はありませんでした。
スッキリしているとまでは言いませんが、雲が薄かったんですね。
これが脱小麦のおかげかどうかはまだ分かりませんが、もしこれが続くようであれば脱小麦には意味があったかもしれません。
これからもしばらく見ていこうと思います。
雑用って大事かもしれませんが、しかし。
この世から雑用という雑用がなくなって欲しい。
色々とお役所ごとは楽にならないかな?
住民票とか未だに区役所まで行かないといけない。
未だにだよ?
そんなものネットでいいだろう?
何故もっと早く変わっていかないんだろう?
マイナンバーカードには本当に頑張ってほしい。
もっと透明化が進めば世の中が変わるはず。
なんてことをstand FMでくっちゃべっています。
是非とも聞いてくださいね!
途中なんかファンタジーですが、それはそれで楽しんでください。
不自由
と
自由
だったら
不自由
が
先
に
あるような
気
が
しませんか?
雨って不自由を生みますよね?
で、その時に知るわけですよ、あー僕は自由に生きていたんだと。
そして雨と言う不自由にぶち当たって、それをなんとか脱却しようとする。
不自由から脱却して自由ってものがある。
傘があったり、レインポンチョがあったり、屋根があったり、そこにコーヒーがあったり、などなど雨を楽しもうとするんです。
雨と言う不自由がやってきて、それをどうにか乗り越えるために楽しもうとする。
するとその努力が実り自由がやってくる。
そして晴れの日がやってきて、本当の自由になり、何が不自由だったかなって忘れてしまう。
いつも雨の日のことを思えば、結構普段幸せだったんだなと感じるのかもしれませんね。
雨の日だって楽しんで仕舞えば乗り越えることができるんです。
そんな人生観が僕は好きです。